2020
08.25

仕事、旅行―。身体障害者でも上昇志向が持てる、諦めない社会になって欲しい

Physical Challenger

野上正樹さん、奈津さんご夫妻

今回は仕事中の交通事故で下肢障害となった野上正樹さんと、筋ジストロフィーの影響で現在は車椅子での生活を送っている奥さんの野上奈津さんにお話を伺いました。2人は東京都障害者職業能力開発校で出会い、2年間の交際を経て結婚。13年経った今も一週間に一度のデートを重ね「諦めないで生きていきたい」と手を取り合い、2人で前を向いて日々の生活を送っています。

野上正樹さん(以下、正樹さん)「私は高校を卒業してから、東京ガスで働いていました。でも26歳のとき、営業中にバイクを運転していたら車に轢かれちゃった。2年間の入院で10回もの手術を受けましたが、感染症とかいろいろあって、足を落とすか落とさないかの直前ぐらいまでいったんです」

野上奈津さん(以下、奈津さん)「入院する時、お父さんが『息子の足、落としたら許さないぞ』って病院に怒鳴りこんでくれたんでらしいんですよ」

正樹さん「そうなんです。幸い、障害は残りましたが足を切断することはなく、仕事も復帰できました。でも、男性は現場に出て、(自分の周りの)事務スタッフは女性ばかり。そういった当時の仕事環境もあり、居づらくなって辞めちゃったんです。そして、小平にある東京都障害者職業能力開発校へ入学することにしたんです」

奈津さん「2人の出会いがその学校なんですよ」

正樹さん「隣の机だったんですね。で、私は卒業後システム会社に入社しました。しかし正社員登用ではなかったこともあり、半年後に退社。簿記の資格を持っていたら給与も上がるだろうと考え、神奈川県の障害者職業能力開発機構で簿記を学びました。そして、製造系の企業に障害者枠で入ったんですが、夜遅くまで働く労働環境が負担でここも辞めました。その頃から妻の障害が進んできたことも重なったりしたので」

身体障害でも上昇志向が持てる社会になって欲しい!

奈津さん「私は15歳の時に筋ジストロフィーと診断されました。その時の感覚は忘れられませんね。『あ、もう死んでしまうんだ……』って、もう漫画の世界。でも、母親に『いずれ皆死ぬんだから、そんな風にお芝居の中にいるみたいな生活じゃなくて前を向きなさい!』って言われて、目が覚めたんです。そして、手が挙がらない、笑顔が作りにくいなどの症状はあったものの、お芝居が好きだったこともあって演劇の専門学校へ行き、小さな劇団に所属しました。でも、30歳になったとき、横断歩道を走って渡ろうとしたら大きく転んで。その時に『無理なんだな』って思っちゃった。いろいろ無理をしていた部分もあり、『辞めどきだな。やるだけやったんだ』と、お芝居の道を諦めたんです。その後は、人と話す仕事が好きだったので営業職につきました。でも。38歳の時に特発性血小板減少性紫斑病という病気にかかって入院。さらに検査で子宮ガンも見つかったんです。仕事も辞め、うつ病になりましたね。そんな中、東京都障害者職業能力開発校へ入学して、夫と出会ったんです」

現在は、大手銀行の特例子会社に勤務しているという正樹さん。身体障害者だけでなく、さまざまな障害を持った方が一緒に働いている環境だという。今までの経験から「身体障害者でも仕事に対しての上昇志向が持てる社会になって欲しい」と感じているといい、身体障害者を取り巻く労働環境のさらなる改善を願っています。

私たちも、身体や精神、知的、発達障害と区分けをして、それぞれの障害にあった求人募集をかける必要があると痛感しています。上昇志向がある方には、その受け口を作らないとダメ。“誰もが諦めない社会”の構築に、少しでも寄与していきたいと考えています。

1週間に1度のデートを諦めたくない!

そんな2人の楽しみは、週に1回のデート。しかし、車椅子での移動というハンデがあるため、利用するレストランなどは多目的トイレがあるかないかで判断せざるを得ないという。「多目的トイレが普及して欲しい」と、2人とも声を合わせます。

奈津さん「やっぱりデートですから、海辺のカフェとか行きたいんですよ。でも、トイレってどうにもならない……。今でこそ多目的トイレのあるレストランは増えてきたんですけど、出かけると決まったら、まず先方に電話して『障害者用のトイレありますか?』って確認しますね。それから、段差とかほかの確認事項を聞いていきます。主人は主人で『奈津がトイレに行きたくなったときのために』と言って、いろんなコンビニに寄っては多目的トイレかどうかをチェックしてくれるんです」

正樹さん「そうですね。トイレスポットはしっかりとチェックします。私たちにとってはとても大切なことですから。障害者だけど諦めない社会を構築していくにはまず多目的トイレの普及が必要。私たちが1週間に1度のデートを諦めないためにもね」

奈津さん「多目的トイレの普及は、在り来たりなんだけど本当に大事なこと。主人は足が曲がらないので和式トイレの撤廃も大切」

正樹さん「あとは、車椅子用の駐車場かな。やっぱり、どこも1、2個しか設置されていないので、埋まっちゃうとなかなか車が停められない。健常者の方を含め、この辺のルールは守って欲しいですね」

今、本当に“それ”が必要ですか?

奈津さん「私は筋ジストロフィーの進行が遅かったこともあり、46歳ぐらいまで車の運転もしていたんですよ。劇団にいた頃も、舞台を作ったり壊したりとか全部やってました。でも、47歳で車いすになってからは、いろいろなことを人に頼るようになっちゃった。やらなくなると、そこから動かなくなって出来なくなって、どんどん衰えていってしまう。だから私は、車椅子に移行しようと思っている人に『本当にそれが必要ですか?』って確認したい。もちろん、私自身が車椅子になったときに『これでもう、転ばないように下を見ながら歩かなくていいんだ!』と思って、すごく救われた思いをしたのも事実。本当に人それぞれ。でも、あんなに何でも出来たのにねって、今、すごく実感しています」

奈津さん「あと、同じ症状の人と話しをすることも大切かなって。筋ジストロフィーって男性に多く遺伝する病気なので、女性の患者は少ないって言われているんです。なので、女性ならではの悩みを相談しにくかった。でも、生まれて初めて筋ジストロフィーの女性と会えたとき、目から鱗が落ちるような話がいっぱい出来たんです。なので、その方と仲間を繋ぎましょうと言って、“com-pass(コンパス)”という女性限定の筋疾患患者の会を作りました。お金もいりません、のんびり皆でお話しましょうって活動しています。今では会員も200名弱を数えて、いろんな地方の方ともお友だちになれましたね」

また、奈津さんは「障害者ということに甘え過ぎることもよくないと警鐘を鳴らします。

奈津さん「自分を叱ってくれる人がいることも大事かなって。どうしても弱気になるときもあると思うんですよ。私自身も『もう無理だと思う』って、友だちに言ってしまうことがありますし。先日、『すごい!』と思ったのが、弱音をこぼした私に対して『あなた障害、受容できてないね!』って、友人が言ってくれたこと。『初心者みたいなこと言うね、障害者になって何年よ! もっとしっかりやれ』って言われたんです。そうしたら、私も『あ、すみませんでした。ありがとうございました』って目が覚めました。障害者だからって言うのは理由にはならないんですよ

海外旅行は諦めたけど、やっぱり諦めない!

最後に障害があるからと言って、悲観し過ぎることは良くないと語ってくれた野上夫妻。いろいろ諦めたこともあったそうだが、楽しく生きるコツを語ってくれました。

正樹さん「僕自身はバイクが好きだったんですが、下肢障害で乗れなくなってしまいました。あと、家内と諦めていることは、温泉。旅行に行ったら、いつも東横インのバリアフリールームです。僕は大きな露天風呂とかには行けるんですけど、家内が1人でお風呂に入れない。それだったら割り切って東横インかなって」

奈津さん「でも東横インも快適ですよ!」

正樹さん「安いしね(笑)」

奈津さん「でも、今度、沖縄に行くんですよ! チャレンジですね。私は、鼻カニュラっていう酸素を供給する機械がないと眠れないんですが、普段はこの機械を帝人さんからレンタルしています。旅行の時は国内であれば帝人さんが宿泊するホテルにセットしておいてくれるんですけど、グアムへ行きたかったとき、専門の会社に10万円かかるって言われたんです……。ハワイだとさらに高いみたいなんですよ。だから海外旅行は諦めました」

正樹さん「前はタヒチとかモルディブにも行っていたんですけどね」

奈津さん「それこそ本当にヘルパーさんとかが5人ぐらいいたら可能なのかもしれないけど、2人っきりの財政では無理。でも、いつかグアムにチャレンジしたい! やっぱり諦めたくないですね」 

奈津さん「なにより悲観しないことが大事! 私は進行性の難病なので、将来は寝たきりになるって言われてしまうんです。なので、将来のことを考え過ぎると胸が苦しくなる。準備することも大事なんだけど、とにかく今のことに集中して生きようって。頑張って、今を生きていきましょうって。私が『車に乗れなくなったらどうしよう』って言っちゃうことがあるんですけど、主人は『え? じゃあ何々を使えばいいじゃん』って、冷静に代わりのものをいろいろ提示してくれるんです。だから本当に、何かこう、悲観しないって大事だなって思います」


野上正樹(のがみ・まさき)
野上奈津(のがみ・なつ)

女性筋疾患患者コミュニティ「com-pass(コンパス)」共同代表

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