2020
08.07

『リハビリ難民』をなくすために、理学療法士が患者さんにとことん付き合える環境が必要です

Critical Worker

理学療法士・国際マッケンジー協会認定セラピスト・鍼灸マッサージ師 伊藤博子 氏 <前編>

今回は弊社CEOの増本が急性期から回復期に移るのに伴って転院した東京厚生年金病院(現在はJCHO・東京新宿メディカルセンター)でお世話になった理学療法士の伊藤博子先生をお招きしてお話を伺いました。

伊藤先生は現在独立して鍼灸マッサージ治療室を運営する傍ら、国際マッケンジー協会のセラピストとしての資格を持ち、日本でも数名しかいないマッケンジー協会認定上級セラピストの資格を取得するために海外の病院で臨床実習をして来たという、温和な見た目や語り口とは裏腹な芯の強い努力家です。

ちなみにですが、マッケンジー法とは1950年代にニュージーランドの理学療法士によって開発されたもので、腰痛や膝痛など痛みの治療としてよく知られているリハビリです。同じような症状でも患者さん個々によって有効なエクササイズが違うことやセルフケアの重要性に着目し、関節を動かしながら行うメカニカルな検査と、セルフケア主体のエクササイズを行いながら患者さん個々に合わせたオーダーメイドのリハビリを行って回復を目指す、という手法です。例えば麻痺により体に負担がかかる動作を続けることで、二次的にあちこちの関節に不調を訴える方の場合、麻痺の回復度合いや体の変化も把握しながら長い期間一人の患者さんと向きあう必要があります。ですが、

「結局、今の日本ではどこまで保険でカバーされるか、で患者さんの扱いが変わっちゃいますよね。保険対象期間が終わって退院して、行き場がなくなってしまう患者さんっていらっしゃるんです。いわばリハビリ難民ですね。私は現在、自分の治療院のほかに、重度身体障害者さんの通所施設と、国際マッケンジー協会の認定施設の整形外科リハビリテーションクリニックなど、毎週3カ所掛け持ちで疾患や疼痛のケアを行っています。重身障の生活支援施設に理学療法士が張り付きで配置されて、二次障害予防に取り組める、というのは珍しいと思います」

穏やかな語り口ながら、『リハビリ難民』という言葉に、現状の医療体制に対する伊藤先生の強い懸念を感じます。

理学療法はとても深くて豊かな学問です

「もともと医学にはとても興味があったのですが、娘の病気がきっかけで、自然治癒力的なことに興味が湧いて鍼灸の学校にまず入りました。それで、接骨院やスポーツクラブ併設の治療院で仕事していたときに、理学療法士を対象にした研修会に参加したんです。もう圧倒されまして。学びの深さとか専門性、それにバリエーションですね」

「それでその先生に、ちょっと接骨院などで使える理学療法的な技があれば教えてください、って尋ねたら、『じゃあ、まずは理学療法士になって。そしたらいろいろ教えてあげるから』って(笑)。いやいや、ちょっとしたコツを教えてもらえればいいんだけどな、とその時は思ったのですが、結局学校入って、臨床実習をやるころになってやっと意味がわかりました。理学療法には評価、問題抽出、プログラム立案、介入、効果判定といった多くのプロセスが必要です。コツを知りたかったら、そのバックボーンを知らないとダメ、ってことですね。鍼灸やマッサージも、一つの手段でしかないんです。自分の学びは浅かったなあ、と実感しました」

「大学は日本とアメリカで二つ卒業していたので、さすがに3つ目は厳しいかな、と思って午前中は仕事しながら夜間の専門学校に通いました。合計6ヶ月余りの病院での臨床実習も職場の理解のおかげで終えて、学校の卒業認定をいただき、国家試験に臨みました。病院での臨床実習でお世話になったスーパーバイザーが、増本CEOもお世話になった、東京厚生年金病院の田中尚喜先生です」

その田中尚喜先生には別な回でお話を伺っています。理学療法士として活動中に増本と同じように脳梗塞で倒れ、右半身麻痺になられました。その後効果的なリハビリを根気強く行い、さすが専門家だけあって、現在は右手をほぼ自由に使えるまで回復されています。おそらくパッと見、元片麻痺の方とは誰もわからないはずです。そちらの回もぜひご覧になってください。

「三連単、三連単」って掛け声でリハビリしたこともあります(笑)

「増本さんのように後天性の障害の場合、やはり最初に受ける喪失感が大きいんですね。それでも彼は『僕は何ができるようになるんだろう、何が残るんだろう』というふうに前向きに考えてくれたので、可能と思われる将来像を伝えて、目標を設定するわけです。で、ちょうどそのときリハビリテーション部門の士長として田中先生がおられたので、『田中先生の場合だとこんな感じですよ』って士長席に連れて行ってあげたら『嘘でしょ?ここまで良くなる?』って火が付いたみたいですね。要は職場復帰ができている、というのがスイッチになっただと思います」

確かに、増本が「退屈な」リハビリを続けられた理由として、ご自身が休みの日でも自分の様子を見に病棟に来てくれる伊藤先生の熱心さと、田中先生の信じられないほどに回復された姿、この二つをよく例にあげています。

「まあ、リハビリは退屈です(笑)。それを楽しくやる、というのはなかなか難しいのですが、私は危なくない範囲でギリギリ達成できるレベルの目標を設定するようにはしています。失敗が続くと凹みますが、かといって出来ることだけやっていても回復には役立ちませんし、ギリギリ成功するかしないかの目標を立てて成功体験を重ねてゆく。この辺の設定が理学療法をきちんと学ばないとできないところです」

「あとは障害を負う以前の仕事とか、趣味などを尋ねてリハビリに活かせるようにします。お聞きだと思いますけど、増本さんは初めての屋外歩行練習で、病院の近くのコーヒー屋さんに着いた時にワンワン泣かれて。前なら歩けば数分のところを50分くらいかかってね。以前から打合せなどで使っていたようなお店に行って、『もう彼らと同じ場にはいないんだ、と思う反面、そのままそこに戻らなくても、自分で何かニッチなビジネスを探したい』なんて話が出てきたころは、もう(社会復帰への)ルートに乗ったな、って感じました。そういえば、馬券を買うためにどうしても坂道を車椅子で上がらなければいけないんだよ、という患者さんには『三連単、三連単!』と掛け声かけてトレーニングしていましたね(笑)」

日本はまだ移動のためのインフラが充実しているとは言えないと思います

今回は理学療法士の伊藤先生にお話を伺っています。リハビリを指導される方には理学療法士のほかに、作業療法士、言語聴覚士、という肩書きの方もいらっしゃいますが、すべて理学療法士の範疇に入るのでしょうか?ちょっと今さらな質問なんですが・・・。

「それぞれかぶるところもありますけど、それぞれ専門性が高くて、別な役割です。ただ、日本の制度ではその専門性に関係なくとも、一定時間介入すれば医療保険のリハビリの算定が取れるので、3つの専門性を活かして、それぞれを突き詰めている施設ばかりではないのは問題だと思います。理学療法士は目的を持って移動する、作業療法士は脳で意図した動作を組み立てる、言語聴覚士は脳の中で処理したものを言葉にする、と、それぞれサポートするジャンルが違うんですね。IT業界で言ったら、ウェブ系とプログラム系くらい違うんですよ、役割が。でも場所によっては人員配置の問題などで理学療法士が作業療法士の仕事や言語聴覚士の仕事を担う場合もある、というのが現状ですね」

「理学療法士は移動が目的、とお話しましたが、障害者の移動をサポートするインフラはまだまだ日本の社会には整っていないように思えます。誰でも明日事故や病気で障害を持つかもしれないし、誰でも老いてくれば転びやすくなって、怪我をすれば立てなくなる。健常者にとっても同じ問題なんです。バリアフリーという言葉は浸透しましたけど、まだ車椅子目線で見れば段差はいろんなところに存在しますし、電動車椅子のバッテリーをチャージするスポットは全然見かけません。高齢者の方が運転免許をなかなか返納しないのは、こうした移動が不便な社会が改善されていないからだと思います。それで結局事故も増えてしまう。これじゃ悪循環ですよね」

日本はまだ人が自由に移動できるインフラが整っていない・・・。素人目にはバリアフリーの義務化はずいぶん前から行われている印象なんですが、それでも実際の利用者から見ないと分からない不便さがあるんですね。

こうした社会を変えていく実験として、伊藤先生から面白い提案がありました。詳しくは後編で。


伊藤博子(いとう・ひろこ)

国際マッケンジー協会認定セラピスト/理学療法士/鍼灸マッサージ師
JCHO東京新宿メディカルセンターで理学療法士をして勤務し、2017年独立。
現在はWalk100Physio治療室を飯田橋で開業する傍ら、
南新宿整形外科リハビリテーションクリニック
障害福祉サービス事業所(多機能型)・すみだ晴山苑でも勤務

写真は、VRのリハビリ機材を試している伊藤先生

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